何と言うか…もう既に『仮面ライダークウガ』ではなくオリジナルに符合するのは五代雄介や一条薫というキャラクターの名前と役割だけのような感じで、原作の再構築とか深掘りとかって次元じゃなく原作レイプに当てはまるんじゃないか?
『仮面ライダークウガ』って五代雄介が偶然に出会ったベルト(霊石アークルだったり、アークルに宿った過去のクウガのヴィジョンだったり)に導かれてクウガとなり、暴力を振るう苦痛に耐えながらも人々の笑顔の為に戦うみたいなニュアンスがあり、五代雄介は怒りのドス黒い感覚に怯えたり、泣きながらも暴力を振るうシチュエーションに出会うけれど、誰かの笑顔の為….…裏を返せばソレは自分自身の為でもあり、昭和の仮面ライダーの言う平和の為という具体的だが漠然としている目的というより、人々の笑顔や平穏の中から平和が作られるようにも見えた。
そんな五代雄介が好きでクウガファンになったって人も少なくないハズ。
しかし、この漫画、12巻の時点ではその五代雄介が背負わなくて良い種類の苦痛を背負わされているし、ソレによってTVの『仮面ライダークウガ』では匂わす描写はあるものの形になって結実していない桜子さんの想いみたいなモノは描かれる様子も無い….…と、言うより桜子さん自体殆ど出てこない。
一方、アギトであるところの津上翔一は内向的で病的でコレもまた『仮面ライダーアギト』でのソレとは違う印象がある。
アギトに関してはクウガと脚本家が違い、この漫画の脚本を担当している井上敏樹さんのキャラクターだから幾らでもイジってくれとは思うけど、劇中でのアギトの存在に引っ張られてクウガの物語が崩壊して行くのは嬉しくない。